どこまで堕ちるのか…ひとりの男の転落劇にドキドキする『悪い夏』

『悪い夏』はこんな人におすすめ

・社会の裏を知りたいと思っている人
・アングラ系の小説が好きな人
・刺激的な小説が読みたいと思っている人
・ドロドロした小説が好きな人

日本ホラー小説大賞との統合によって、第39回から名称が「横溝正史ミステリ&ホラー大賞」となった、横溝ミステリ大賞には名作がたくさんある。

その中でも、日常に入り込んでくる喜劇と悲劇を巧みに描き上げた『悪い夏』(染井為人/KODOKAWA)は、読者を絶望の淵に叩き落すノワールサスペンス。

ここには負の連鎖によって廃人となっていく、ひとりの男の人生がしたためられている。

『悪い夏』のあらすじ

市役所の生活福祉課で働く佐々木守はケースワーカーとして、生活保護受給者の家に訪問するのが日課。厳しくも優しい態度で、生活保護受給者に寄り添っていた。

だが、ある日、佐々木は知ってしまう。同僚の高野洋司がシングルマザーの生活保護受給者・林野愛美に受給停止をチラつかせ、肉体関係と金銭を要求していることを…。

この悪事を耳にした人物は、他にもいた。それは、愛美が以前働いていたセクキャバの店長でヤクザの金本龍也と佐々木が担当している生活保護受給者の山田吉男。2人は高野を脅し、金を巻き上げようとするが、計画は失敗に終わった。

ところが、山田はひょんなことから高野の代わりに佐々木をターゲットにし、金銭を脅し取ることを思いつき、愛美と手を組むことに。

これにより、平凡だった佐々木の人生は真っ逆さまに転落していく―…。

【感想】真面目で実直な男が壊れていく

古川

ここからはネタバレを含むため、作品を読んでからお楽しみくださいませ。
悪にも正義にも染まり切れない、平凡で優しい男が堕ちていく様が何とも言えない…。本作は、その一言に尽きる名作だ。

地方から東京への回帰を願い、新しいシノギを作ろうと躍起になるヤクザや子どもへ手を上げてしまうシングルマザー、働く気がなくギャンブルを楽しむ生活受給者など、本作に登場する人物は、みな善人とは言えない

だから、序盤では温和で仕事に対して真面目な佐々木の普通さが際立つのだが、最終的には一番壊れてしまうというオチが衝撃的。

しかも、中盤では愛美の冷え切った心が温められていくという希望が見えるストーリー展開となっているからこそ、余計に佐々木の激変っぷりが痛いのだ。

生活保護を題材にしている小説は社会派サスペンスになっていることも多いものだが、個人的に本作は人間の危うさを知れる、一種のホラー小説でもあると感じた。

もしかしたら人は感じている幸せや見えている希望が大きいほど、廃人になる可能性も高まってしまうのかもしれない。

コロナ禍の今こそ考えたい「生活保護問題」

支援の手は、本当に困っている人のもとにちゃんと届いているのだろうか。本作を読んで、ひとりの男が壊されていく過程にハラハラしながら、そうも思った。

なぜなら、作中に本当に困窮し、生活保護の相談に来た女性が佐々木の身勝手な都合により厳しく叱咤され、自ら命を絶ってしまう描写があったから。
きっとこうした事例は、現実社会でも数多く起きているはずだ。

生活保護は一部の不正受給者がピックアップされるため色眼鏡で見られることも多く、真面目な人ほど申請を躊躇ってしまうことだってある。しかし、個人的には人が人として生きていくために必要な制度だと思う。

だから、厳しい状況に立たされている人が偏見の眼差しを受けることなく生きられるよう、本作を通して生活保護という制度について改めて考えてみてもほしい。コロナ禍で大打撃を受けている人も少なくない今だからこそ、より強くそう感じた。

ひとりの男の転落劇。そこから、あなたは人生の怖さを学ぶ。

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