弱者の痛みに心を揺さぶられる「正義」と「暴力」の物語『トラッシュ』

一度は死んだ弱者たちが、独善的な正義と暴力を振りかざし、社会に鉄槌を下す。華々しく散る自身の最期を夢想して。

『トラッシュ』(増島拓哉/集英社)は集団自殺に失敗し生き延びてしまった6人が犯罪も辞さない苛烈な世直し活動をしていく物語だ。

『トラッシュ』はこんな人におすすめ

・刺激的な日常に憧れがある人
・自身のおかれた環境に納得がいかず何かを変えたいと思っている人
・思想や信念が歪んでいく過程を見たい人

『トラッシュ』のあらすじ

いじめ、差別、人生に対する虚無感、家族や友人に愛されない苦しみ、親との確執、そういった理由から自殺を決意した6人の若者が、ネット上で知り合い、集団自殺を計画。メンバーの1人が用意した薬での服毒自殺を試みるものの、薬は無害な偽物で、死を覚悟していた6人全員が生き延びてしまうことに。

「1度は死んだ」とそう思った6人は、もう怖いものはないと考えを変え、自分たちを死に追い込んだ社会や加害者たちに対して手段を問わない復讐を行っていくことに。6人のメンバーひとりひとりのやりたいことを尊重しあい、全員が一花咲かせて華々しい死を遂げようと行動を開始していく。

次第にメンバーの活動は自己の欲求を満たすためだけではなく、犯罪も辞さない私刑による世直しに発展。そして、さらにエスカレートし、彼らの思想信念が暴走していく。

一度死んだ身と思って腹をくくり、メンバー全員がやりたいことをやって華々しく散るという目的の元に活動を開始したものの、次第に活動が思わぬ方向へと変わっていく。様々な社会問題を考えさせられつつも、狭いコミュニティーの中で歪んだ思想が暴走していく怖さなどを感じられる作品だ。

【感想】弱者の痛みに心を揺さぶられつつ怒涛の展開を楽しめるエンターテイメント

 

望月真琴

ここから先はネタバレを含むため、書籍を読んでからお楽しみください。

前半は自殺願望を持つに至ったメンバーのストーリが織り交ぜて描かれており、弱者の痛みに心を揺さぶられる。各チャプターで物語のテイストが違い、読む年齢や、読者が置かれている環境によって捉え方が違ってきそうなところが面白い。後半を過ぎたあたりから終盤にかけては物語が怒涛の展開となり一気読み必至だ。

社会からつまはじきにされてしまった者たちの悲哀

集団自殺で集まった6人は、それぞれに死を選びたくなるほどの理由を抱えていた。壮絶ないじめにあった過去や、性的マイノリティ故の差別、生きることに対する虚無感、家族にすら愛されなかった悲しみなどである。それぞれの過去の物語が詳細に描かれており、社会からはじかれてしまった者の悲哀を知ることで、6人の道を外れた行いにも感情移入してしまうところがある。

中でも非常につらいと思ったのは平凡な人生を送ることに対する虚無感だ。登場人物のひとりが自分の人生を「悲惨な未来ではないが、何十年も生きて確認するほど魅力的でもない」と評する場面がある。そういった大半の人が送るであろう何の変哲もない人生の中に幸福を見いだせない人間にとっては、この世の中は非常に生きづらいものだと思う。

活動がエスカレートしてズレていく方向性

集団自殺から生き残った6人の活動は、復讐劇から、犯罪も辞さない世直し活動へと変遷していく、さらには総理暗殺といった壮大な計画も持ち上がるようになる。

活動がエスカレートし、方向性がズレていくというストーリーは想像できるかもしれない。しかし、6人の活動は実は…というのが物語の後半で明かされるようになっていき、怒涛の展開が訪れる。そして意外な結末を迎えることになのだ。
『トラッシュ』に込められた意味
トラッシュ(trash)とは“クズ”や“ガラクタ”といった意味である。まず、6人のメンバーに死を覚悟させた者たちのことがトラッシュだと思える。また、活動をしながらクズのように死へ向かって転がっていくメンバー達のことをトラッシュだと捉えることもできる。『トラッシュ』というタイトルには人生の重さと儚さが込められているのではないだろうか。

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