身の毛がよだつ小説は数多くある。けれど、『天使の囀り』(貴志祐介:著/酒井和男:絵/KADOKAWA)から漂ってくる恐怖は、よくあるホラー小説のものとは少し違っている。
数ある貴志作品のなかでも人気が高い本作は、まるで自分にも死が迫っているような感覚になる長編小説だ。
『天使の囀り』はこんな人におすすめ
・重厚感がある、ずっしりとした小説を読みたいと思っている人
・狂気的な小説が好きな人
『天使の囀り』のあらすじ
ホスピスで終末期医療に携わる精神科医の北島早苗は、新聞社主催のアマゾン調査プロジェクトに参加した恋人・高梨光宏と連絡が途絶え、不安に。
彼からの最後のメールには不測の事故から野営を余儀なくされ、ウアカリというサルの肉を食べた後、現地人との間にトラブルが発生したことが綴られていたため、身を案じていた。
そんな心配をよそに、高梨はやがて無事帰国。しかし、喜びはつかの間。アマゾンへ発つ前の高梨には死恐怖症の兆候があり、死を連想させる物事に対して過敏に反応していたが、帰国後は一転して、死に対して病的なまでの興味を抱くようになっていた。
さらに異常な食欲も見せ、性的嗜好にも変化が。挙句の果てには「天使の囀り」が聞こえると言い始めた。
まるで人格が変わり、狂ってしまったかのよう…。そう早苗が感じた矢先、高梨はまるで死を楽しむかのように異常な自殺を遂げ、共にアマゾンへ行っていた仲間も、なぜか常識では考えられないような方法で次々と自死。
【感想】戦慄の先に新たな戦慄が待ち受けるホラー小説
古川
戦慄の先にある、さらなる戦慄に心底驚愕し、やりきれない絶望を目にして言葉が出なくなる。本作は、そんな壮絶作だった。
なぜこんなにもみな、死に憑りつかれてしまったのか。そんなたったひとつの疑問を投げかけ、500ページもの間、息もつかせず読者を楽しませる貴志氏の筆力には脱帽だ。
忘れもしないのは、269ページの衝撃。あっと驚く真実が明らかになるこのページで筆者は凍りつき、心の底から思った。怖いのに、早くこの先を知りたいと。
「天使の囀り」の正体を知った時、あなたは初めて書籍名を目にした時とは全く違う印象を、その5文字に抱くことだろう。
人間が「恐怖」に打ち勝つには?
個人的に本作のテーマは、恐怖の克服法だと感じた。作中には高梨の「死恐怖症」だけでなく、様々な恐怖症が登場。それに苦しむ人の心境も描かれている。
中でも印象深かったのが、早苗たちの話と同時進行していく、蜘蛛恐怖症を抱える青年のエピソード。徐々に狂っていき、予想の斜め上をいく末路に辿り着いた彼を目にし、「恐怖」という感情との向き合い方を改めて考えたくなった。
人間が生きていく上で、「恐怖」はなくてはならないもの。その感情がストレスのもとになることもあるが、私たちは何かを怖がれるから危険から身を守れている。恐怖感を抱かない人生は一見、理想的なように思えるかもしれないが、イコール幸せとは限らない。
本作をラストまで読みこむと、そう気づき、自分の中で恐怖の概念が変わる。正しく恐れ、自衛する。未知のウイルスが猛威を振るっている今だからこそ、改めてこの言葉を心に刻みたくもなった。