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『鵜頭川村事件』はこんな人におすすめ
・村で何かが起きる系の小説が好きな人
・ミステリー小説が好きな人
・日常の中で自分の気持ちを抑え込んでしまいやすい人
閉鎖的な村で、禍々しい事件が起きる―…。そんなミステリー小説に惹かれがちだ。人間の狂気やどす黒い顔が浮き彫りになり、「人」を少し違った視点から理解できるような気がして面白いと思う。
だから『鵜頭川村事件』(櫛木理宇/文藝春秋)も、早く読みたくてたまらなかった。不謹慎かもしれないが、小さな村がどんな恐怖に包まれるのか、知りたかったから。
だが、読み進めてみて驚いた。本作は、これまでに読んできた村ミステリーとは一味違う。ここに記されているのは、大人の都合に振り回されてきた若者たちの叫びだった。
『鵜頭川村事件』のあらすじ
小さな村で生まれ育った岩森明は昔から、「エイキチ」の存在に怯えていた。「エイキチ」とは岩森と同郷の殺人者。乱暴目的で3人の女性を殺して逮捕された、桐田永吉という男のことだ。
やがて岩森は村を出て、東京に就職。結婚をし、娘にも恵まれ、順風満帆な日々を過ごしていたが、病で妻を亡くしてしまった。
それから時は経ち、ある日、岩森は妻の墓参りのため、彼女の故郷である鵜頭川村へ娘と共に足を運ぶ。しかし、運悪く、豪雨に見舞われ、村は孤立。救助も呼べず、途方に暮れていると、さらに追い打ちをかける事態が。なんと村で、若者の刺殺体が発見されたのだ。
村人の頭に浮かんだ犯人像は被害者とトラブルがあった、村の権力者の息子。
【感想】自警団に秘められた「村の真実」とは?
一件の殺人事件を機に、村の在り様がガラっと変わっていく本作はとてもスリリング。村を舞台にしたミステリー小説は多数読んできたが、「そっち方向に話が向かうのか…」と驚かされもした。
鵜頭川村を牛耳っているのは、工業会社を立ち上げた矢萩一族。一族の中には権力をひけらかし、他の名字の村人に冷たく当たる者もいた。
しかし、一族が殺人を犯したと思われる人物を庇ったことにより、村の勢力図は一変。村人たちは矢萩一族に食料を売らないようになり、これまでの仕返しをしようとする。
そんな不穏な空気が大人たちの間に漂う中で結成されたのが、若者たちによる自警団。この自警団は当初、殺人を隠蔽しようとする矢萩一族に歯向かうために立ちあげられたものだったが、徐々に目的が変わっていく。みな、自警団にかこつけて、抑圧していた私的な怒りや恨みを晴らそうとするのだ。
しかし、ラストで村に隠されていた真実が明らかになると、自警団に対する印象が少し変わる。なぜなら、長きに渡る矢萩一族の圧政以外にも、彼らを苦しめるものがあったのだと分かるから。
誰しもの心に「エイキチ」がいる
本作は、自分の中に潜む狂気に気づかせてもくれる作品だ。
日常の中で、怒りや恨みを抑圧することは誰にでもあるもの。しかし、グっと殺したその気持ちを私たちはどう処理しているだろうか。
心の中で募ったドロドロとした感情は、自分でも知らないうちに狂気へと姿を変えてしまうことも多い。そして、狂気がふとしたきっかけで大きくなると、他者を攻撃してしまいたくなることもあるのではないか。
だから、エイキチに負けないためにも自分の守り方を考えたい。自己犠牲や同調は日本では賞賛されやすいが、その身の削り方で心が泣いていないかと自分に問いかけたいと思った。
自分から発せられるSOSを、ちゃんと受け止めること。それは、エイキチに心身を明け渡さない第一歩になる。
これも推し!おすすめしたい「村ミステリー小説」
これを機に、他にも村を舞台にしたミステリー小説を読みたいと思った方におすすめしたいのが、下記の作品。
①あらすじ『乙霧村の七人』(伊岡瞬/双葉社)
乙霧村では昔、戸川稔という男が一家五人を惨殺するという痛ましい事件が起きた。その村を訪れることになったのは、とある大学の文学サークルに所属するメンバー6人。
だが、彼らを待ち受けていたのは圧倒的な恐怖。事件当時と同じ豪雨の中、メンバーたちは斧を持った大男に襲われてしまう。
②あらすじ『撓田村事件―iの遠近法的倒錯』(小川勝己/新潮社)
岡山県にある限界集落・撓田村(しおなだむら)で、連続猟奇殺人事件が起きた。犠牲者はみな、土地の権力者・朝霧家の関係者で遺体の下半身には、噛み千切られたような傷が。
この惨劇の裏には村に伝わる忌まわしい伝説や、30年前に起きた殺人事件が見え隠れして―…。
③あらすじ『ワルツを踊ろう』 (中山七里/幻冬舎文庫)
元エリートの溝端了衛はすべてを失い、20年ぶりに故郷に帰ってきた。しかし、そこに住んでいたのは一筋縄ではいかない、クセ者たち。了衛はなんとか馴染もうと手を尽くすが、ついには村八分にされてしまう。
そんな時、かわいがっていた愛犬が不審死。追い詰められた了衛は、とんでもない復讐を思いつく。
ぜひ、『鵜頭川村事件』も含め、閉鎖的な世界に走る戦慄に思う存分、ゾクっとしてみてほしい。