『羊の国のイリヤ』はこんな人におすすめ
・何かに熱くなることを忘れた大人
・中だれしない長編小説を探している人
・裏社会系の小説が好きな人
将来に悩む大学生が裏社会に関わるようになって、自分の中に熱いものを見つける『すじぼり』(福澤徹三/KADOKAWA)は一風変わった青春小説だったが、同作者による『羊の国のイリヤ』(小学館)も一味違う青春小説。
娘を救うため、自分の命を懸けて裏社会に飛び込む冴えないサラリーマンの生き様を描いた本作は人生を惰性で過ごすようになった大人にこそ刺さる、大人のためのノワールな青春小説だ。
『羊の国のイリヤ』のあらすじ
大手食品メーカー「健美フーズ」に勤めていた入矢悟は自社が行っている食品偽装の告発に絡み、子会社である食品加工工場に左遷されてしまった。
名ばかりの部長となった入矢はパワハラとセクハラが横行する工場内で過酷な労働に耐えつつ、本社への復帰を望み続ける。
ところが、そんな折、本社にいた頃に自分が使っていたノートパソコンから児童ポルノが発見され、入矢は逮捕されてしまう。実はこれ、本社の連中による冤罪だった。
処分保留となり釈放されたものの、入矢は解雇同然で会社を退職することとなり、妻とは離婚。
そこで入谷は200万円を持ち、芸能事務所に乗り込むも交渉は決裂。帰り道には暴漢に襲われ、金を奪われてしまった。50代の自分は、これからどうやって生きていけばいいのか…。そう考えた時、思い出したのが、留置所で同房だった男が教えてくれたアブナイ仕事。
早速、会社へ行ってみると、社長がとあるヒットマンに殺されそうになっている場面に遭遇。入矢も命を奪われそうになるが、娘を助けたいことを必死に伝えると、命を取るのは半年だけ待ってもらえることになった。
【感想】冴えないサラリーマンの変わっていく人生観が刺さる
古川
目の前のことに熱くなれず、惰性で毎日をやり過ごしていると平凡な日常をぶっ壊してみたくもなる。本作は、そんな鬱屈を抱えている大人にこそ響く作品。
企業の秘密を暴くお仕事系小説かと思いきや、ふたを開けてみれば、どこにでもいる50代サラリーマンの人生がどんどん変わっていくという変化球がとてもユニークだ。
自分は堕ちてしまった…。そう痛感すると、普通なら絶望的な気持ちになり、這い上がれない。しかし、四科田の生き様や信念が入矢の人生観を変える。
いわゆる一般的とは言えない生き方をしているのに、自分なりの正義を心に宿し、死を覚悟しながら芯を持って生きる四科田は決してブレない。その冷淡でまっすぐな姿勢を見ているうちに入矢も「自分の人生」を深く考えるようになっていく。
弱肉強食の「この世」で私はどう生きるか
息もつかせぬノンストップ・ノワール。本作には、そんな言葉がよく似合う。長編小説は途中でダレてしまうことも少なくないが、本作は入矢の身に次々と新たな危険が迫るため、一気読み必至だ。
特に驚かされたのが、前半のストーリーの活かし方。こんなところで、この話が引き立ってくるのか…と心底、驚愕した。
そして、もうひとつ心に刺さったのが書籍名。本作は弱肉強食である社会の中で、喰われる立場(羊)だった男が、誰かを喰う側に変わっていく話であるとも言える。
羊のままで生きるか、それとも捕食者となるのかを迫られた時、もし自分ならばどんな答えを出すのか…と私自身も深く考えさせられた。