齋木カズアキ氏は2020年に発刊された『アットホーム』(文芸社)で小説家デビューを果たした、いま大注目の作家。
今後は新作も続々と発刊される可能性があり、ますます目が離せない。
彼の作品に共通しているのは、どこにでもある「普通の日常」がある日突然、地獄と化す点。穏やかで平凡な日々が「性」によって突然壊れていく描写には、妙なリアリティがある。
なぜ齋木氏は崩壊していく日常を、こんなにもリアルに描ききれるのか…。それは彼自身が、平穏が突然壊れる恐怖を知ったからだ。
今回は今後発売される可能性がある未発表作品のあらすじと共に、齋木氏の過去を紹介。彼が歩んできた「これまで」を知ると、その手から生み出された作品がより味わい深く思える。
Contents
作品の根底には「絶望」が
齋木氏の作品は性描写があるため一見、どれも官能的。だが、実は人間の成長物語であるという点が深い。
当たり前の日常が崩れたことにより、登場人物たちは平和なままでは知れなかった世界を目にし、一皮むけた人間になっていく。齋木氏は天国と地獄の両方に目を向け、それを乗り越えた先にある希望を描く。
こうした作風には、作家としてデビューするまでの紆余曲折が大きく関係しているようだ。
齋木家に降りかかった悲劇
最初の悲劇は2010年に起きた、自転車事故。これにより、齋木氏は腕がまっすぐ上にあがらなくなった。
翌2011年の夏には母親の血糖値が異常に上昇し、入院。齋木氏は仕事を早退し、面倒を見ていたが、母親は拒食状態になり、うつ病を発症。メンタルクリニックを受診するようになった。
幸いにも、母親は秋に退院。家に愛猫・虎之介を迎え、しばらくは平穏な日々が続いた。
しかし、その後、齋木氏は絶望のどん底に突き落とされた。妹さんがALS(筋萎縮性側索硬化症)になったからだ。ALSは全身の運動神経が死滅して次第に身体が動かなくなり、最終的には呼吸を司る筋肉が機能しなくなり、死に至る国指定の難病。自宅療養が始まり、日常はガラっと変わった。
何でも自分で完璧にこなしていた妹さんにとっては思うように身体が動かないことが、より耐え難い苦痛になったのだろう。思い通りにならない時には介助者や介護ヘルパーに「それがあなたたちの仕事なんだから、ちゃんとやってよね!」とキツイ言葉を浴びせるようになった。
妹さんは家族にも、細かく要求。自由な時間が制限されたことで、母親は再びうつ病に。齋木氏は母親をなだめつつ、自分の負担を増やすことで、なんとか介護生活を乗り越えようとした。
限界な日々に体が悲鳴をあげた
月1回の通院時は、齋木氏が付き添った。けれど、医師への経過報告と体力や呼吸機能の定期検査をするだけの通院は衰えていく過程を確認するだけの苦痛な時間のように思えたという。
やがて、病状はどんどん悪化。それにより、齋木氏の仕事時間や創作意欲はますます削られていった。妹さんが日常の大半をベッドの上で過ごすようなると、日中に介護サービスを利用し始めたが、時間外はやはり家族のサポートが必要。
仕事と介護の両立により、齋木氏の心身はボロボロに。
精神的にも肉体的にもギリギリの生活を続けていたところ、体がついに悲鳴をあげた。仕事中に体調を崩して早退した夜、食後に再び不調となり、救急車を呼ぶことに。
地獄を見たからこそ思う「当たり前」の尊さ
そんな生活が変わったのは、2018年のこと。咀嚼の力が弱まった妹さんは胃ろう造設手術を受け、それを機に24時間体制の介護サービスを利用することになったからだ。
自分の時間ができたことで、創作意欲も復活。現在、妹さんは24時間、人工呼吸器を装着し、胃ろうによって栄養や水分を補給しているが、ヘルパーさんたちへの要求は厳しく、事業所からは撤退の示唆を受けることも。その度に齋木氏は本人と話し合ったり、ヘルパーさんとのコミュニケーションを密にしたりと奮闘し続けている。
変わっていく家族の「生」を目にし続けた齋木氏は綺麗ごとが通用しない地獄があることを知り、同時に多くの人の協力により、創作活動に勤しめる「平穏」の尊さを噛みしめた。
こうした経験の末に生み出されたのが、デビュー作『アットホーム』なのだ。
理想的な家族の崩壊を描いた『アットホーム』
小説『アットホーム』のあらすじ
厳格だけれど優しい父親と家庭を大切にする美人な母親、そしておしとやかな姉を持つ芳賀達哉は自分の家族が自慢。周囲から「アットホーム・ファミリー」と呼ばれることに喜びを感じていた。
そんな達哉、実はめぐみに対して密かに恋心を抱いていたが、ひょんなことから父親が姉を食い物にしていることを知り、淡い気持ちが歪んでいく。
自分の家族はアットホーム・ファミリーなんかじゃない。そう気づいた達哉は身勝手な理由で自身を納得させ、めぐみと肉体関係を持つように。そんな弟をめぐみは優しく受け入れる。なぜなら、彼女は家族の在り方を揺るがす重要な秘密を知っていたから…。
その秘密を知ってしまった達哉は両親に対して復讐心が芽生え、実行への想いが強くなっていく。
それと同時期、姉弟に関わっていた大人たちが次々と逝去。果たして、この死の裏にある真相とは…?
『アットホーム』に描かれた平穏の脆さ
誰もが羨む家庭に生まれたという喜びと、知りたくなかった真実を目の当たりにした時の絶望、そして苦しみを糧にして新たな人生を切り開く登場人物の強さが鮮明に描かれている本作は、平穏の怖さを知っている齋木氏だからこそ、描けた小説。
知らないうちに絶望が忍び寄っていたというストーリー展開は、家族の病で満身創痍となった齋木氏の人生を思い起こさせもする。
見知らぬ誰かの身に降りかかった不幸や災難は正直、自分事として捉えることは難しい。けれど、自分や大切な人が明日も「何でもない日」を送れる保障はどこにもない。
人の人生なんて所詮、一寸先は闇。もしかしたら、真の絶望は誰しもの日常に寄り添っていて、ふとした出来事を機に一気に私たちを飲み込んでやろうと口を開けて待っているのかもしれない。
古川
穏やかな日常はいつ壊れるか分からず、幸せはただ待っているだけでは振ってこない。齋木氏はそう知ったから、こんなにもリアルに天国と地獄を読者に届けられるのだろう。
また、本作は「性」を通して「生」を伝えているような印象も受ける。誰かと心身共に深く繋がり合う瞬間は生きていることを1番強く実感できる時。もしかしたら、読者に生を感じさせるだけでなく、齋木氏自身も性を描くことで生を感じているのかもしれない。
生々しい描写で「生」を語り、絶望から立ち直ったり希望を抱いたりする登場人物たちの姿。それを目にすると、読者は自分の未来に思いを馳せたくなる。
古川
齋木氏が介護生活で自分の本音ととことん向き合ったからこそ、本作は人生寓話のようにも思える。光さえ見いだせない絶望に飲み込まれてしまった時、自分の狂気をどう受け入れ、どんな風に生きていくか――。自分の胸にそう問いただしたくもなる。
なお、齋木氏は現在noteにて『アットホーム』の製作秘話を公開中。
そう語る齋木氏の言葉を噛みしめつつ、ぜひ本作を楽しんでみてほしい。
今後発売される可能性がある未発表作品を紹介!
ここからは今後、発刊される可能性がある齋木氏の未発表作品を紹介。各作品のあらすじをざっくりと紹介しよう。まずは『景子』から。本作は、幸せを守り抜くことの難しさを訴えかけている。
『景子』のあらすじ
その影は、景子の過去に関係がある。ある時、彼女は人知れず心に誓ったのだ。「私の幸せを邪魔するモノは全て排除する」と。強い覚悟は、葉山家の歪んだ幸せをさらに歪ませる。
なぜ、景子はそれほどまでに強く幸せを望むのか。そして、彼女の過去とは一体…。葉山家がどんな「幸せ」に辿り着くのか、ぜひ見届けてみてほしい。
『TAMAMI』のあらすじ
設定が斬新で、つい引き込まれてしまう。本作はそんな感想を抱き、ページをめくる手が止まらなくなる作品。
それにより珠美は妊娠。独りで産み育てると決意し、岳翔の前から姿を消す。だが、珠美は命を宿したことにより、自分には他人とは異なる生殖機能があることに気づき、やがて“あるお手伝い”をするようになった。
ある時、珠美はお手伝いを通して、前世の自分に起きた悲しい事件を知る。そして、その因果で今も苦しんでいる”ある家族”を救うべく、自らの肉体を駆使して未知の領域へ旅立つことを決意。それは、離れ離れでいる岳翔との未来を大きく左右する旅でもあった―…。
本作は、輝く未来を手に入れたいと願う者たちの奮闘記でもある。2人の人生が交差した先に広がるのは果たして希望と絶望のどちらなのか――。
『RIKO』のあらすじ
本作の主人公は名字の読みが齋木氏と同じ、小説家志望の男性。だからか、私小説のようにも思えてしまうが、読み込んでいくと中年男性の再生記であると気づく。
そんな時、出会ったのが梨子と名乗る女子高生。偶然にも、梨子は冴木が中学の頃に片思いしていた東野華奈子の娘だった。梨子はなぜか冴木に対して甘い誘惑を持ち掛け、一晩だけ泊めてほしいと懇願。予期せぬ展開に冴木は戸惑うも梨子を受け入れ、愛欲に溺れるのだが―…。
一晩だけの宿泊は梨子の申し出によって、無期限延長されることに。性に奔放なのに、誠実な志も持っている梨子。冴木はいつしか、彼女の生き方にも惹かれ始める。
だが、幸せは長くは続かない。梨子はある日突然、別れを告げ、去っていってしまった。そこで、冴木は意を決し、華奈子に連絡。すると、彼女の口から出てきたのは梨子にまつわる衝撃の事実だった―…。
孤独で自分に自信がなかった中年男が梨子という光と出会い、日常や心境が変わり始める描写は心に刺さる。本作を手に取ると、誰かを本気で思うことの尊さも痛感するだろう。
3作品に共通する光と影
新作でも、齋木節は健在。正攻法では太刀打ちできない絶望を乗り越え、「自分らしい幸せ」を掴もうともがく人々の姿がそこにはある。
登場人物に二面性があるのは、齋木氏が介護生活で他者の二面性や知らなかった自身を目の当たりにしたからなのかもしれない。描かれているキャラクターがキラキラしているだけの優等生ではないからこそ、読者は彼らが持つ狂気や欲望など、どす黒くて誰にも言えない部分に自分を重ね、自身の人生に思いを馳せることができる。
また、『アットホーム』も含め、齋木氏の作品は描かれている愛の形が妖艶で歪んでいるように見えるのに、最後まで読み込むと実は「純愛」であるという点も面白い。人を心から愛するとは、人の心を愛するとはどんなことなのかが綺麗ごと抜きで丁寧に描かれているように思う。
今後、齋木氏はさらに「人間」という生き物を、よりリアルに描いてくれるはず。私たちが持つ醜さや狂気、優しさ、温かさなどを彼がどう表現するのか楽しみだ。
ぜひこれを機に、作品を手に取ってみてほしい。